本書は「逆ソクラテス」「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンライク」「逆ワシントン」の5つの短編を収めている。それぞれは独立した物語だが、登場人物などが共通している話もあり、伏線を考察するのも楽しい。
読後感は非常にすっきりしたものだった。嫌な奴があまり出てこない。出てきたとしても、きっちりそれを乗り越えて話が終わるので、読み終わったあとは後味のよい気持ちになれる。
表紙に「敵は、先入観。世界をひっくり返せ!」とあるように、先入観や思い込みで人を見下したり馬鹿にすることを諫める物語が主となっている。
将来自分の周囲がどうなるかなど分からない。こいつはダメだと思っていた人間がふとしたことで期待の星になるかもしれない。おとなしいからと馬鹿にした人が、取引先の重要人物になっているかもしれない。いじめをしていた相手に医者として世話になるかもしれない。
そういう時に仕返しされたり、恰好悪いことにならないように、誰にでも丁寧に接する必要があるということが、全体を通して子供の視点で説教臭さなく描かれているように思う。
併せて、社会から爪はじきにされた人間がやり直すという視点も入っている。「いじめ加害者」「犯罪者」をそのまま変わらないものとして切り捨てるのではなく、少なくとも周りの人と平和に暮らせる方法を考える必要がある。なぜならどれほど爪はじきにしたところで、結局そいつは社会に戻ることが多いから。爪はじき者を世界から完全に消し去ることなど不可能なのだから、迫害するよりも他の人と一緒に平和に暮らせる方法を考えるほうがいいといったことが教師の教えとして出てくる。
この辺はリアルの犯罪者の再犯事例とかにも言えそう。犯罪を犯して懲役を終えたら社会に出てこざるをえないわけだが、そこでまっとうな職につけなければまた反社会的なことに手を染めるしかなくなる。
とはいえ、実際に前科者と知ってしまったらなかなか難しいとは思うけどね。本書ではそういったところもある程度ハッピーエンドで描かれているが、実際に前科者が仕事が欲しいと来たら心情的には厳しいものがある。
まさに、偏見で人を決めつける逆ソクラテスになっちまうだろう。どうすればいいんだろうね。
個人的に好きなところとしては「逆ソクラテス」の安斎の行動。教師の先入観を崩すために、カンニングの手助けをしたり、美術館の絵を無断で持ってこようとしたり、手段を選ばないようなところがとても好き。同級生に協力してもらって噂を流すという手もまるで諜報員のようで有能すぎる。
あと、本書を読み終えた時、先入観というワードからパンプキンシザーズの場面を思い出した。
パンシザの合同会議編。テロリスト集団にアリスが言った問答の一部。
差別や偏見は人の本能の一面であり、限られた時間の中で判断するのに必要なことだった。
しかし、情報を得る速度が早ければもっと多くの可能性を検証することができる。そして差別や偏見に従わずとも生き残れる社会はもう来ているのだと。
パンシザの、本能の命じる差別や偏見に従わず、多くの可能性を試すための言葉「本当はそうじゃないんじゃないか?」
そして逆ソクラテスの、誰かからの偏見を打ち返す言葉「僕はそうは、思わない」
この2つがなんだかリンクしてパンシザも読み返していたのだった。
こんなところか。
後味すっきりでサクサク読み進められたのでおすすめ。