沼メモ

FF14(槍鯖)、その他ゲームやらなんやらの話題を書きたい。

読書感想文「なめらかな世界と、その敵」 

伴名練さんという名前はツイッターか何かで見たことがあった。ただ「SF」というジャンルにあまり興味を見いだせず、面白いと聞いて気にはなっていたがそのままスルーしていた。しかし、エオルゼア読書クラブで読んでいる人がいて、自分も触発されて読んでみたところ、私の想像していなかったSFがそこに広がっていた。

私がSFと聞いて思い浮かべるイメージは以下のものだ。宇宙、異星人、星間戦争、ロボット、AI、クローン、汚染された地球、惑星移住、コールドスリープ、ワープ移動etc…。

また、それまでのSFでは「何が起きているのか、どんな技術があるのか」というあったコトに焦点が置かれているようなイメージがあった。何年に〇〇があって、こんな技術が生まれて、こんな問題が起こって云々って感じ。

本書では、そのイメージをバキボキに破壊された。本書では「何が起きているのか」より「誰がなんでやったのか」という人同士の関係に焦点が当てられていると感じた。サイエンスの部分が背景情報になって、「それを使ったら、それがあったら人は何をして、何を思うんだろう」みたいな人間の感情や情動がもっと前面に出てきているようなイメージ。本書の解説の言葉を使うなら「エモさ」の比重がとても高い。各話ごとに読み終わった時は青春小説を読み終わった時のように、本を置いてハーっと余韻に浸る。私はこういう話が大好きなのだ。

全体を通して、SFのイメージを一新させた本であった。

以下で各話ごとの感想を書いてみる。

 

「なめらかな世界と、その敵」

表題作。量子論多世界解釈みたいな、様々な可能性の私を自由に行き来できるのが普通になっていたらどうなるのだろうという思考実験のように感じた。

暑さで目が覚めて窓の外を見ると、青々と茂った草木に雪が舞い降りている。序盤から不思議すぎて????になるが、この世界ではこれが普通。無限にある様々な可能性の私の意識を行き来できるのが通常の状態なのである。その中に私達と同じ「今のこの私」しか生きられない人が現れたらどうするんだろうみたいな話。

読んだときに、こんな設定を入れてくるのか~と感嘆した。「私以外が私であったらどうなっていたんだろう」みたいなことを考えた人はそれなりにいると思うんだけど、意識を自由に選べる人の中に、選べない人を入れたらどうなるだろうなんて考えたことがなかった。色々な世界を行き来する不思議な小説になっていて、特に終盤の疾走感は脳内イメージが素早く切り換わっていってとても面白かった。

 

ゼロ年代の臨界点」

これ読んだ人の中で「あれ、もしかしてこれって結構な程度、史実に沿って書いてるのかな」と無邪気に信じた人はどれくらいいるのか分からないが、私がその1人だ。だって具体的な西暦年もあれば、具体的な人物名もあり、挙げ句注釈まで備えてあって、実際にあった体で書かれてるから、かなり終盤になるまで「もしかして史実として実際にあったんだろうか」とちょっと信じかけていた。女性作家3人の文学を通した悲喜こもごものやり取りが印象的な作品だった。

 

「美亜羽へ送る拳銃」

伊藤計劃「ハーモニー」にオマージュされた作品。インプラントを脳に埋め込み、永遠に特定の人間を愛するように仕立てることができる技術が確立された世界が舞台になっている。

読んだ後にこんなギャルゲーありそうだなって思った。いやあるはず。意図的に作られた愛情を受ける主人公が、その愛情に嫌悪感を抱く展開あると思います。ギャルゲー小学校卒業生だからやっぱり恋愛要素のある話は好きよ。

 

ホーリーアイアンメイデン」

その手で抱いた人を全て倫理的な思想にしてしまう姉と、姉に変えられていく世界を見る妹の話。全編、妹から姉に宛てた手紙の形式で物語が進む。妹の視点から見た姉妹のあり方の変化が見どころ。

 

「シンギュラリティ・ソヴィエト」

人工知能が極度に発達したソヴィエトを舞台にした話。見渡す限りの路面を赤ん坊が這いずっていたり、赤ん坊を通して人工知能が司令を下したり、一般の労働者がいきなり工作員に変貌させられるといったなかなかに薄気味悪い舞台設定となっている。ソヴィエトの工作員アメリカの工作員人工知能バトルとミステリー要素が面白かった。

終盤の展開では、人工知能が個人レベルの認知まで操作できるような世界でやることがそれかよと驚いていた。

 

「ひかりより速く、ゆるやかに」

本書で一番好きな話。シュタインズゲートの「跳べよおおおおぉぉぉ!」が好きな人は多いと思うが、あれと同じような感情を味わえるぞ。

特定の場所の時間経過が極端に遅くなるという舞台装置が面白かった。亡くなったわけじゃない。停止したわけでもない。ただ極度に時間の進みが遅くなっている。救出は絶望的だけど、いつか普通に動き出すんじゃないかという希望も捨てきれないという葛藤を生み出してるのがずるい。気づいたら数千年後の未来にいましたって話はいくらでもあるけど、残された側の視点での話は私は初めてだったので新鮮だった。

あと、終盤の2人のやり取りがな、最高なんだよ。朝の静けさの中で、久しぶりに再開した2人のやり取りに万感の思いみたいなものが込められてて、しばらく余韻に浸っていた。

 

こんなところかな。

伴名練さんの他の著作もまた読んでみたいと思える、ガツンと来た本になった。